2006 年 2 月 21 日
株式会社 トレジャー・ファクトリー 代表取締役社長 野坂 英吾 氏 訪問
――まずは 野坂 社長の学生時代についてお聞かせ願います。
中学生のときから社長になりたいという思い が あり、大学生になって起業にむけて準備を始めました。大学一年生のときは陸上をやっていましたが、二年生になって今でいうインターンシップを一年間経験しました。三年生では学園祭の実行委員長をやりました。陸上をやりながら実際の企業に入って会社の一員として働き、学園祭では五十人ほどの実行委員をまとめる、という学生生活でした。そして具体的な起業の準備を始めたのが大学四年生のとき。でも大学三年生の終わりごろは、事業を起こすにしてもまずは就職をしないと、いきなりでは無理じゃないかと周りからいわれ、確かにそうだなと思って就職活動もして いました 。そんなある とき、色々 なベンチャー企業の 社長から お話を伺う機会があって 、多くのベンチャー企業の社長 が学生時代に起業されていることを知ったんです。それを聞いて私も、そちらのほうが近道でもあり自分の力を試せるんじゃないかと思い、 大学四年からは 起業にむけて準備をはじめました。
――インターンシップにいかれたのはどのような会社だったのですか。
学生向けのプロモーションを 行っている 会社でした。企業からの協賛をもとに学生のサークルや団体に試供品を配布し、調査をしてその企業に報告するというのが仕事です。サンプリングをしたりして学生と企業をつなぐことを 行っている 会社 でした。 あとは学生向けの冊子を発行していました。そこで学園祭の企画があって、色々な大学の学園祭を特集しました。そしてそれに企業の広告を載せて各大学 で学生に 配るというものだったのですが、それでたくさんの学園祭を調べていたら、これはおもしろそうだなと思い、大学三年のときは一年間学園祭の実行委員長をやったんです。私は日大の文理学部に通っていたのですが、そのころ文理学部だけ学園祭がなかったんですね。なので一番最初の、第一回目の学園祭の実行委員長だったんです。おもしろかったですよ。
――中学生のころから起業したいと思っていたと伺いましたが、そう思われた具体的なきっかけというのは何だったのでしょうか。
大きく分けて三つあります。ひとつは、私の父親はサラリーマンだったのですが、サラリーマンといってもかなりこう、偉大なサラリーマンだったんです。偉大なサラリーマン…うん、スーパーサラリーマン。(一同・笑)父は商社マンをしていて、その関係で私が小さいころはシンガポールに住んでいました。
そして家によく仕事の関係の人を連れてきてパーティーを開いたりしていましたね。そういう場面や普段の父の仕事ぶりをみていても、 すごい バイタリティー なんです 。最後には一部上場企業の役員にまでなった のですが 、そういう父の背中を見て育ったものですから、父を越えたいという気持ち が すごくありました。親父越え、ってやつですね。男性は 大きく2つのタイプにわかれると思います。 父を越えたいと思うか、父のようにはなりたくないと思うか。私の場合は父親が目標でしたので、ずっと父を越えたいと思っていました。
二つ目の起業へのきっかけ は、私は小さいころずっとシンガポールにいたのですが、小学校四年生のとき 帰国しました 。小 4 って結構中途半端な時期で、傍目から見ると帰国子女なんですけど、英語もまあ、話すのはできるんだけど書けない。すごくいい経験をさせてもらったとは思っているんだけど、実際何ができるのかというと、他の人と 変わら ないんじゃないかなって。自分の中で結構コンプレックスにも なっていました 。ただ、せっかく良い経験をさせてもらったので、それを何かに生かしたいなあって。人と同じ道を歩むのではなくて、自分オリジナルの生き方をしたいと思ったんです。
三つ目 は、中学二年生のとき生徒会長に立候補したんです。クラスのみんなが、 「野坂が やったらいいんじゃないか 」 と推薦してくれて。それで立候補したらですね、見事に落選して しまったんです 。選挙活動の最後に、全校生徒の前で演説する機会があるんですね。そこで自分の名前を三回連呼しようと 思っていました 。これをやったら当選するんじゃないかと思って。で、心躍らせて全校生徒の前に立ってみたらですね、すごい人数な わけです。 これだけはやろう、三回名前を連呼しよう、と思って いた のに、 緊張して できなかったんです。 (副会長の話トル) それだけが 落選の 理由じゃなかったと思うんですけど、でもいざというとき力が発揮できないのは、どんなに素晴らしいことを考えていても意味がなくなってしまう。そんなときに力が発揮できる人になりたいな、と思ったんです。それまでは人の上に立ってリーダーシップを発揮するそもそもの要素が自分にはないんじゃないかと思っていたんですよね。どちらかというと、お山の大将というよりは誰かにくっついていくほうでしたから。でもそれからは、人の上に立って何かやってみたいなという思いが芽生えてきましたね。
この三つが混ざり合っていて、でも社長になりたいという思いはまだ漠然としていたんです。ただ良かったのは、まわりにたくさんそれを公言していったこと。普段から自分自身が発していると、自ずと自分自身もそれに近づいていきますから。もちろん当時は実態は伴っていなかったけれど、言っているうちにそれを叶えるにはどうしたらいいかってことを考えるようになります。その効果もあってか、高校生くらいの時には自然とみんながリーダーにしてくれるようになりましたね。いろんなタイプのリーダーがいると思うんですけど私の場合、俺がやるからとにかくみんなついて来い、というよりは、ほうっておいてもみんながリーダーにしてくれるという感じでした。高校のときは野球部のキャプテンに推してもらってやっていましたし、学園祭の実行委員も、私は三年生になって一、二年前から準備をしていた人の中にぽっと入っていったわけなんですけど、それでも、彼が委員長をやったらいいん じゃないかとなったん ですよね。俺について来いというタイプではないけれど、中学生の体験をきっかけに自分なりのリーダー像を応用しながらやってきました。名前を三回いえなかったのは今では 良い思い出です 。(一同・笑)
―― 野坂 社長が社長をやる上でのポリシーをお聞かせ願います。
なにか長期間にわたって持続発展していくことに一番興味関心がありますね。今一番大きな目標は、この会社を三百年続く会社にすること。 Going Concern です。私は事業を始めるまではあまり歴史とかに興味はなかったんですが、今は歴史の本をよんでいるとすごく共感できます。徳川幕府を超えることが ひとつの目標です 。代がかわっても三百年間受け継がれるというのは、土台がしっかりしているから。家康のときに相当な仕組みの作りこみがあったからなんですね。歴史の栄枯盛衰から学ぶものはたくさん あります。 目先の利益だけにとらわれないで中期長期的にものごとをみるのが、事業をやるうえで一番大事 なのでは ないでしょうか。 様々な 同年代の経営者とつながりがありますが、みんなそれぞれスピード感が違うんですね。いい意味で彼らはライバルですが、それにとらわれすぎて自分のスピードがわからなくなってしまうと、必ず元の スピード に 戻す ように意識しています。
―― 野坂 社長は大学時代、授業にはまじめに取り組んでいましたか。
出席は していましたよ 。でも どこまで 実践に役立つかは別ですよね。 (この間の文章トル) 学校の授業って、応用 しなければいけないですよね 。 (この間の文章トル)この応用力こそが実社会での成果の差になっていると感じます。そして 学校の授業で教わったことよりも自分からより能動的に求めた経験や知識のほうが思いもこもっているし、社会に出て生かされる比率が高いように思います。
――では、学生時代これをやっておけばよかった、ということはありますか。
卒業するまでに何をやったらいいかなっていうことを意識して行動していましたのであまりないですね。 一年一年自分にテーマを課していました。強いてあげるなら、大学のときにホノルルマラソンを走ったのですが、あのときにトライアスロンまでやっておけばよかったな、ってことぐらいですね。(一同・笑)みんなが学生生活を謳歌してる間によく起業の準備をする気になれたなっていわれることはありますが、もともと中学生のころから考えてきたことですから。三年になるとみんな就職のために自己分析をやっていくじゃないですか。私は自己分析っていうのは中学二年生頃からずっとやってきたんですね。己を知ることは非常に大事ですね。どういう状況で自分が一番力を発揮できるのか。私の場合、周りに公言することでやる気がでる。普段怠け者ですから、あえてそういう環境に自分を置くことでやる気を高めるんです。学生の皆さんには、自分を知る ということ を、就職活動のためだけでなく 普段から行っておくことをお勧めします。
――テーマを持って学生生活を送っていらっしゃったということですが、具体的にはどのようなテーマだったのですか。
大きなテーマ は リーダーシップです 。会社をまとめるのも、部活動や実行委員をまとめる その延長線です 。 マネジメント の部分も経営者としては 求められる。私がやりたかった のは 家業 というより事業でしたから。そのためにはリーダーシップを身に付けることが一番必要でした。みなさんも、例えばアルバイトやサークル活動をするにしても、就職活動のために仕方なくというのではなく、先々本当に自分のことを考えて やってほしいです 。 そうしない と 自分 の満足する結果にはなりませんから。そうやって一年一年貪欲に何かないかなって探しながらやってきたのを後から振り返ると、そこにテーマがあるんです。機会って言うのはなかなか線で来てくれません。点で来るんです。その点も良いものだけではなくて、中にはジョーカーのよう に引いてはいけないものもある。 裏返しでやってくる情報をどのように選択するかっていうのがとても大事で、カードを見抜く技術が必要です。普段から意識していれば、カードがやってきたときに裏面が透けて見えるんですね。でも何気なくすごしているだけではピンポイントでやってくる チャンス を逃してしまいます。
――学生時代から続けているマラソンを今でもやっておられるということですが、社長という役職上両立が困難に感じられることはないのですか。
実はマラソンを始めたのは十年ぶりなのですが、なぜ始めたのかというと、私の持論では仕事と プライベートは連動していると考えています。 去年仕事のサイクルがうまくまわらなかった時期が あり、 それを改善する為にプライベートの部分で成功のサイクルをつくっていって目標達成の 習慣 を体にしみこませたんです。なので、マラソンも仕事で成果を出していく為の一環 であり、プライベートの充実は仕事の成果に直結する という位置付けです。マラソンで走っていると毎回途中で、ああそういえばこんなに辛かったなあ、って思い出すんですね。でも走り終わった後には達成感でそんなこと忘れてしまう。これって普段生活していてもなかなか経験できないことですよね。でも私は、楽して目的達成することにはあまり意義を感じない。 (この間トル) 大変な思いをして今までの自分にはなし得なかった事を達成することに一番の喜びを感じますね。
――ところで店舗には新品も置いてありましたが、他の 安売り量販店 と比べてどう 差別化 をされているのでしょうか。
一番大きな違いは、我々はディスカウントストアではありません。新品はあくまでもリサイクル品を引き立たせるための脇役なんです。リサイクル品は大分世の中の認知は高まってきてはいますが、まだまだリサイクル品を売買しようという発想のない 方 がたくさんいます。そういう方に新品とリサイクル品を 比較してほしいと思っています 。お店を新しくオープンするとよく聞かれるのが、これはリサイクル品なのか新品なのかということ。でも一年経つと、そんなことを聞かれる方はほとんどいなくなるんですね。要するに、最初はみなさん新品かリサイクルかを購入の基準にしているんですが、しだいにリサイクルが自然と選択肢にはいってきてその 品物 自体をみて判断されるようになるんです。また新品を置くことで、それをみたお客様が家にある同じようなものをもってきてくれたりもします。新品を安く大量に売って 利益 をだすことではなく、あくまでリサイクルを循環させていこうというのが私たちのスタンスなんです。また、店舗での販売と同時にインターネットでの販売をしているのも私たちの強みです。売れ筋も 違います 。ネットではうんちくがあるものがうれたりして、店舗では品質が重視される傾向があります。
トレジャーファクトリーの一番最初のベースとなっているのは、私が大学四年生のときのロサンゼルスでの体験です。卒業旅行に一人でロスに行って、 現地の リサイクルを学 んできました。 そこでみたリサイクル店のイメージを日本流にアレンジして、一号店はできました。
――日本ではリサイクルというと非営利なイメージですが、その海外のやりかたを逆輸入してきてビジネスに結びつけるという発想がとてもおもしろいですね。
もともと環境に興味があって、学生の頃は環境団体に参加したりしていました。そのときは非営利でしたが、その 体験と、ビジネスを したいという 想い がうまくからみあったんですね。やるんだったらなにか少しでも環境に 良いことをしたいと 思っていました。その両立は非常に難しい部分もあります。しかし 私たち のビジネスでごみを減らしたりできるのですから、やりがいも あります。 私がインターンをしていた学生時代のころは、 バブル景気の華やかなときでした。 その 頃の 会社を見て、これはあまり長く続かないんじゃないかな、と思ったんです。それで自分はこれから来るであろう環境の変化にも対応できるビジネスを したいと 思った。インターンでは会社の仕組みを学ばせてもらっただけで なく、世の中 に貢献 できるビジネス をしようと思うきっかけにも なりました。
――アメリカのリサイクルのビジネスをどのように日本流にアレンジしたのですか。
雰囲気から アメリカンに してしまうと、若者にはうけるかもしれないけど地域に根付いていけるかというと疑問がある。幅広い年齢層の方から親しんでもらえる店作りを目指しました。日本ならではの小売店の要素を織り交ぜた雰囲気をつくるように しました。
――学生のうちに起業することには色々なリスクもあるかと思うのですが、それについてははどうお考えですか。
学生のときは失うものがないですから、実は一番リスクは ないと思います 。チャレンジできる環境にあるのですから、そういう意味ではいいことだと思います。ただ知識もなければ経験もないですから、学生のうちにたくさん社会と繋がりを持っておくのが良いと思います。社会の常識を知らないでやっていくのは、強みになることもありますがやはりハードルにもなりますから。それに学生だからいいや、という甘えが出やすい。リスクも低いから、それなりにはうまく できてしまいます 。でもいざ卒業のとき起業するのか就職するのかっていうと、それでは自信がもてなくなってしまう。それ相当の覚悟をもってやらないと、その先までビジネスを続けることは 難しいと思います 。あとは、ちょっとうまくいったところでそれに甘んじないこと。学生のうちはなかなか実際のお金の重みを教えてはもらえませんが、いくら事業が 軌道に乗った から といって 人から預かった資金の重みを忘れてはいけない。そういう意味では皆さんのように株式投資について学んでおくのはいいかもしれませんね。事業がうまくいきかけたところで次のステップに 進めるか ということが、 成否 をわける大きなハードル だと思います 。やるからには自分の中で大きな目標を掲げて、小さな成功では満足しないで ほしいです 。
――最後の質問です。学生が株をやることに対してどう思われますか。また、今の学生に対して何かメッセージをお願いします。
株をやることはいいのではないでしょうか。単に株価が上がった下がっただけでなく、企業そのものをみて社会の核心を探ってください。でも学生の間にしかできないこともたくさんあります。ただ漫然と過ごすのではなく、五年後十年後自分がどうなりたいかをイメージしながら、 今、学生 の自分がやりたいと思うことに挑戦していってください。
――本日は、お忙しい中本当にありがとうございました。
文責 川島
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